letter
 — Vol.06

林厚見氏から竹本吉輝へ3

October 11th, 2013

昨日今日は、東京の森でなく東京の島に行っておりました。
たった30時間の滞在だったけど、一気に頭の中がすっきりしております。
新島に行くと、サロー(仲間とやってる宿)のご飯を食べ、島の仲間たちと語るだけでひとまず充分リセットできるんだけど、今日は青い海と白い岩壁の間や、畑の中を抜ける林道を10キロほど走って、それがあまりにも最高でした。
東京の森も島も捨てたものではありませんなあ。

ところで前回竹やんが長めにコメントくれた「林は天文好きの暗くてキモい少年だったネタ」は、恥ずかしいからひとまず中断させていただくとして、しかし僕は基本的に「ロマンティストだねえ」的なことを言われるのは嫌いじゃないんだよね。
それは多分自分が、つい物事を無駄に理屈っぽく語ったり考えたりすることが多くて、それがコンプレックスだからなんだけど。

なんとなく、僕らの共通点はある種のロマンに向かって、その手段を割と言語化して合理的に考えて動こうとするところではないかと思っているんだけど、どうなんだろう。
この数年なんとなく思ってることに、合理的っていうのは本来は論理的とか効率的ということとは違うよね、というのがある。
で、これからは、人間的(=Not 効率主義的)であることが合理的(Make Sense=理にかなう)となっていく、とか言ってみたりしていたんだけど、こないだふと調べてみたら「合理的」の英語は「Make sense」とは出なくて「reasonable」だった。
そして「reasonable」をひいてみたら「合理的な、妥当な、考え方などが中庸な、極端でない」と出た。

うっ、なるほど。やっぱりそもそも「理に叶う」ということ自体が妥当で中庸で感動的じゃないってことか・・
人間はほんとは理に叶ったものなんてさほど興味ないのだ。
あるシーンが人の感覚に影響を与えて、固有の反応が次のシーンを生む。
そこには偶然やひらめきや個性がある。ゆえに期待を裏切る状況が生まれる。そういう感じ。

街というのもそうで、最初から「計画」してしまうと大抵おもしろくないわけだけど、だからたぶん家もそうで、完成しました!ではなく、空間と人間が、時間とともに呼応して変わっていくのがいい、みたいなこともあるよね、とか。
もしかしたらテーマとかメッセージとかも、あればいいってもんじゃないのかもしれない。
(そう考えると、この往復書簡というやつも、行き先とか軸みたいなものを設定しないことに意味があるんでしょうな・・)

そこで青山居。竹やんたち(&僕らもか)が奥多摩につくるその場所は、最初から理にかなう必要もなくて、人がそこでそれぞれ固有の反応をするような、あるいはそれができるような余裕や時間を持てるような、ある種「読めない」場所にすべきだと思う。

そうそう、青山のプロジェクトは世話になりました。多摩産の気持ちのいい無垢材をいっぱい入れてもらい、おかげで自然の手触りと前衛性の同居する、いい空間になりました。
(写真がそれ。 注:Natural American Spirit という無添加タバコの会社のオフィスです)
早めに見にきてくださいまし。

プロフィール紹介

林厚見 Atsumi Hayashi

株式会社スピーク共同代表。「東京R不動産」では主に事業面のマネジメントを担い、他に不動産開発・リノベーション等における企画・プロデュース、新島のカフェ・宿「saro」の経営などを行う。1971年東京生まれ。東京大学工学部建築学科、コロンビア大学建築大学院不動産開発科修了。マッキンゼー、不動産ディベロッパーを経て2004年吉里裕也と株式会社スピークを設立。共編著書に「だから、僕らはこの働き方を選んだ」「東京R不動産2」「toolbox」等。

竹本吉輝 Yoshiteru Takemoto

1971年神奈川県生まれ。横浜国立大学国際経済法学研究科修了。外資系会計事務所、環境コンサルティング会社の設立経営などを経て、2009年、株式会社トビムシ設立。10年、ワリバシカンパニー株式会社の設立に参画。13年、株式会社東京・森と市庭を設立、代表取締役就任。専門は環境法。国内環境政策立案に多数関与。同時に、財務会計・金融の知見を加味した環境ビジネスの実際的、多面的展開にも実績多数。立法(マクロ政策)と起業(ミクロ市場)で双方の現場を知る。