letter
 — Vol.06

中渓宏一氏から竹本吉輝へ3

November 1st, 2013

たけちゃん
阿蘇の森を離れて、はや二週間。大阪の友人宅でこの手紙をしたためて居ります。
何だろうね。あの、阿蘇の圧倒的な土地の力は。「母なる大地」って言葉がピッタリな感じ。
今、窓の外からは踏切の音、飛行機の音、車の音の中にかろうじて雀とかカラスとかコオロギの声が聞こえてる。
阿蘇の森で朝方に聞こえてくるのは小川の流れる音と、色んな鳥、虫のさえずり。湧き水があちこちにあって、おいしい野菜、お米が採れる。そして決定打が温泉。源泉掛け流しの温泉があちこちにあって、どこも300円前後で入れちゃう。
南阿蘇の「月廻り温泉」の露天風呂からの眺めが最高。カルデラのど真ん中にそびえる阿蘇五岳(あそごがく)の風景が相当に異空間。昔、放浪の末に辿り着いた南アフリカの村から見える山脈に似た眺めだった。

そっか。中央構造線なんてものがあって、阿蘇はバッチリその線上なんだね。地球の割れ目の上にある土地だから、温泉も豊富な訳だ。恥ずかしながら「中央構造線」って言葉、初めて知ったよ。いや、きっと教科書に載ってたんだろうけど。
「三度の飯より温泉」な僕にとっては、その構造線は「源泉かけ流し線」に見えてくる訳だけど、歩いて日本を縦断した時のルートが期せずして中央構造線にかなり沿っていたことに勝手に納得しちゃう。

中央構造線=温泉というかなり無理のある繋をした訳は、実は昨日、「とんでも無くスゴイ」(出た~。今回も。)風呂に行ったからなんだ。
でもそれはね、温泉じゃなくて米ぬか酵素風呂。風呂といっても糠に浸かる風呂で、イメージとしては砂浴に近いんだ。
米ぬか酵素風呂に初めて入ったのは2004年、4年弱の世界放浪の旅から帰ってきて、アースウォーカーのポールと一緒に富士山から長崎までの歩いて木を植える旅をした時。倉敷にある「元気酵素風呂」を知人が案内してくれたんだ。
そこのご主人は「大将」と呼ばれていて、若い衆が沢山居て、その風呂には「只ならぬ」活気があった。
体調の悪い人が米ぬか酵素風呂に入ると基礎体温が上がって免疫力が上がり、回復して帰って行く姿を見て、その効能を確信。元気酵素風呂で働く皆は自信に溢れて、はつらつとしてた。
大将は当時、「米ぬか酵素風呂はエイズにも効く筈だ。アフリカで酵素風呂をやりたい。」と夢を語ってくれた。その数年後、実際に西アフリカのマリまで行って、数週間滞在する間に米ぬか酵素風呂を現地で作り、エイズ患者の方達に入ってもらい、何日間か継続して入った患者さんの肉腫が消え去ったのを目の当たりにして、ますます米ぬか酵素風呂の効能を確信したそう。
そんなお風呂を兵庫でやっている人が居て、昨日行くことが出来た。その名も「ぬか天国」。その人は元々販売用の肥料として米ぬかの発酵をしてきた。それが数年前、ひょんなことから酵素風呂をやることに。たちまち地元の評判になって、今では遠方からもお客さんが来る様になった。今や米ぬか酵素風呂は全国各地にあるけど、ここのご主人は米ぬか発酵歴なんと40数年。米ぬかの発酵に関しては第一人者と言って良い人。
とにかくこのご主人の人柄がお茶目で素晴らしすぎて、風呂上がりに二時間近くお話を聞いた後には、一緒に行った友達夫婦と共に、完全に米ぬか酵素風呂ファンになっちゃった。
彼によると、人間の免疫力はスバリ、体温に比例するそう。基礎体温の範囲はおおよそ、35.5度~37.3度だそう。35度台は低体温で免疫力が低く、風邪とかひきやすくなる。36度台になるとその免疫力が30倍となり、37度台は150倍。だから風邪をひいて熱が出てる状態は自己免疫力を上げる大事な行為らしい。
米ぬか酵素風呂に入ると基礎体温がグンと上がる。その効能が2-3日続くらしい。だから週二回、酵素風呂に入るのが理想的だそうだ。因に風呂に入っている間に、全身の毛穴という毛穴から元気な酵素が体内に吸収される。
その他色々と面白い話が尽きなかったけど、いつもながら長くなるので、次回逢ったときに。

日本の食材が手に入らない南米のパタゴニアに住んでみて初めて、日本には抜群の発酵文化があることを痛感した。味噌、醤油、納豆、豆腐、そして日本酒。この発酵文化から産まれた「米ぬか酵素風呂」。もしかしたら今後、日本食ブームに乗って、米ぬか酵素風呂ブームが世界に巻き起こるかも知れないね。あの糠独特の匂いが受け入れられるかどうかがポイントかも。
そんな訳で、米ぬか発酵歴四十数年のベテランが営む酵素風呂で良好発酵させてもらって気分爽快。今日は天気も壮快な秋晴れ。と書いている間に、大阪の友人宅を出発して、ただ今バスに乗って中央構造帯を南から北に抜け、目指すは鳥取県の米子。今晩は米子の温泉で先ずはバッチリ基礎体温を上げて、山陰地方の日本酒で更なる自己の良好発酵に努めた上で、明日はたけちゃんの住む、隠岐島は海士町に向かいたいと思います。

写真は、阿蘇の森の僕の滞在場所、通称「シロゾウ」。

プロフィール紹介

中渓宏一 Koichi Nakatani

1971年ワシントン州シアトル生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、三菱商事に6年間勤務。日本初のe-learningベンチャーに数ヶ月転職した後に世界放浪の旅へ。世界各地の祭りを追いかける旅は、環境活動家「アースウォーカー」との運命の出逢いをきっかけにアフリカの大地を歩き、木を植える旅に。帰国後は日本列島を徒歩で二回縦断、主に小学校での植樹活動を行った。2011年に家族でチリのパタゴニアに移住、オフグリッドな森暮らしの楽しさを伝える「森かえる」プロジェクトを国内外で展開中。著書「地球を歩く、木を植える」(エイ出版)

竹本吉輝 Yoshiteru Takemoto

1971年神奈川県生まれ。横浜国立大学国際経済法学研究科修了。外資系会計事務所、環境コンサルティング会社の設立経営などを経て、2009年、株式会社トビムシ設立。10年、ワリバシカンパニー株式会社の設立に参画。13年、株式会社東京・森と市庭を設立、代表取締役就任。専門は環境法。国内環境政策立案に多数関与。同時に、財務会計・金融の知見を加味した環境ビジネスの実際的、多面的展開にも実績多数。立法(マクロ政策)と起業(ミクロ市場)で双方の現場を知る。