Autumn in Ama 実りあること

隠岐諸島中ノ島。海士町。はじめてこの島を訪れてから何年になるだろう。いまではすっかり有名になった島根県立隠岐島前(どうぜん)高校。後々、「魅力化プロジェクト」として脚光を浴びる同校の改革、そのはじまりのはじまりに相談を受け、その後一切をプライベートとして関わっている僕は、気がつけば家族で島暮らしをしていた。思い起こせば、相談を受けた当時は、生徒数の減少に歯止めがかからず、統廃合が(嫌でも)現実味を帯び、過疎化が進む島前3島(海士町のある中ノ島、西ノ島、知夫里島)唯一の高校が廃校ともなれば、同過疎化がより一層加速するとの危機感、その真っただ中に在った。事実、当時の予測では、2013年、すなわち今年の春、島前高校は廃校になっていたはずだった。それが、同高及び同プロジェクト関係者並びに(数え切れないほど多くの)支援者のコミットメントにより、着実にそして丁寧にプロジェクトが推進された結果、少しずつ生徒数が増えはじめ、ついに2012年春より新一年生が2クラスへ、来春には3学年すべてが2クラスになる。このことは、本当に(本当に)スゴイことで、快挙を超え、もはや奇跡といっても言い過ぎではない。それほどに、過疎地域(しかも離島)の公立高校の学級が全学年で(継続的に)増える、ということは難しい(どころではない)ことだ。

そうした取り組みの詳細は他にゆずるとして(たぶん、いろんなところでたくさん紹介されているはず)、僕は、いまも島に居る間は様々なカタチで同プロジェクトに関わっている。その関わりの一つとして、(魅力化プロジェクトにおける重要な機能を担う、公設民営型の学習塾)隠岐國学習センターで為されている「夢ゼミ」に参加し、高校生の夢と現実、課題と解決アプローチ、それらを本来的に思考する、そのお手伝いを(たまに)している。つい先日も、受験勉強に集中する3年生は9月末で夢ゼミを修了(終了)、そんなクライマックス間近な折、自身の夢や問題意識などから受験校を決める、ナイーブでセンチメントで、でも(超)リアルな語らいに参加させてもらった。しかしながらいつもながら、島前高校3年生の問題認識と思考のレベルの高さには(本当に)驚かされる。その日、メインで発表した二人、その一人は島前内の畜産農家の息子、いま一人は本土からの(島)留学生、そのバックグラウンドもキャラも異なる二人が、まさに同じ認識の下、同じ思考を辿り、同じ悩みを持つに至っていた。ここでいう「同じ認識」とは、圧倒的な本物(例えば、仕掛けから絞め方まで最上の技術で捕られた旬の魚)が他のモノと同じ扱いになっているのは勿体ない、というか理不尽、間違っている、という至極真っ当な認識。次に「同じ思考」とは、畜産であれ水産であれ(農業であれ林業であれ)、「島」という地理的不利を克服するには、一定以上の規模集約化や流通の中抜きをはじめとする効率性の追求、「コストダウン」(だけ)では限界がある、すなわち、価格競争(だけ)ではやっていけない、とし、その本来的価値の伝播と同価値を認識し得る顧客創造、その二つ(つまり、顔の見える顧客との関係性と適正価格)が必要である、とする二枚腰な思考。そして「同じ悩み」とは、地域で一次産業を盛り上げ結果的に地域全体を盛り上げる、そのためには経済的持続性(雇用創造含む)が重要、そのために「経営学」的なものを学ぶ必要性があると感じるものの、「経営学」はより身近な(実態的)学問であり、自らが社会に出た(経営や経済の実際を体感した)後に学ぶ方がいいのではないか、という極めて実態に即した悩み。
受験勉強真っ只中の高校3年生が、闇雲に勉強(のみ)をするのではなく(彼らもちゃんとすべきはちゃんとしているけれど)、大学にいく、そのためのゆるぎない理由を明らかにしようとしている。その上で受験勉強に向き合おうとしている。のである。しかも、いい加減なレポートを書くために数冊の図書を参照する(文系)大学生的アプローチではなく、一人は実家の畜産業を本気で持続可能にすること、一人は親戚のおじさんの漁業を本気で顧客に直接評価されるようにすること、そうした具体的目的を掲げ、そのためにより深く正しく現象(問題)を認識し、文献を調べ、専門家や事業家に話しを聞き(この点は海士町ならでは島前高校ならではの利点)、より精緻に思考し(ようとし)ている。こうした高校生たちの真摯で真剣な姿勢に触れると、先述した「もはや奇跡といっても言い過ぎではない」、「来春には3学年すべてが2クラスになる」ことも、有名大学への進学者数が増えてきていることも、単なる現象に過ぎないのではないか、こうした高校生が「いまここ」に在る、そのことこそが、魅力化プロジェクトの、そしてこの島(々)の最大の実りなのではないか、と想う。「ありがとうございました」と高校生に御礼を云われながら、この日夢ゼミに参加できたこの実りある体感を(本当に)在り難い、と思う。

ちょうど一年前、「田んぼをみてると風さんの散歩道がわかるね。」嬉しそうに娘がそう云った。こうべを垂れる稲穂のなかを風がひゅうっと駆け抜ける、父と娘の、風さんも一緒の散歩道。島の風景。そして、今年も間もなく、実りの季節を迎えようとしている。
どうか島の収穫が実り多くありますように。そして、島の高校3年生たちが、それぞれ島の(高校生活の)収穫を胸に、自信をもって新たな歩を進められますように(がんばれ)。